或る深夜の出来事

麻縄たち

何度目かの吊りを終えた深夜のコテージ。早春の夜はまだとても寒く、身体の火照りが治まってくると足先から深々と冷気が忍び寄ってくる。ベッドの上には、バラバラに解かれた縄が十数本。色も太さもさまざまに絡まり合っている。梁から下がる縄は、浮遊した世界が夢でなかったことを示すように、吊りの痕跡を色濃く残している。


吊りから降ろされた後は、意識があるのにしばらく身体を動かすことができない。身体の動かし方を忘れてしまったかのように、動かしたい指が、腕が、脚が、遙か彼方にあるように感じられる。主は力の入らない私を抱きかかえて予備のベッドに横たえさせ、ご自分は床にどっかりと座り、私の頭を軽く撫でている。私を自由自在に操る指が、今は心地よい安らぎを与えてくれる。主の指だけを感じながらウトウトとまどろみかけた頃、「少し休んでおきなさい」と云い残してスッと私の側から離れた主は、手早く縄を片づけ始めた。


主が縄をしごく音だけが心地よく部屋に響く。先ほどまでに私の身体を拘束していた縄が、今は主の手によって、いとも簡単に纏められていく。今、ここで主と共有している、この時間の全てが愛おしい。でも、手を伸ばせば触れられる距離にいるのに、主の体温を感じられないのが少し寂しなる。転がり落ちるようにベッドから身を落とし、主の足下に這っていく。


冷たいフローリングの床の上に正座をし、そこから上体をパッタリと倒した姿で主の左脚にしがみつく。気怠く首をもたげて主を見上げても、主はチラリと私を一別しただけで縄を纏める手を休めない。床の冷たさで身体が少しずつ覚醒していく。うっすらと寒さを感じ始めた頃、主がしごいていた麻縄を放るように私の背中に落とした。肌の上を麻縄が滑り、瞬く間に全身に鳥肌がたつ。縄を纏めるためにしごいているだけなのに、その動きがトロ火にまで落ち着いていた私の快感を再び目覚めさせる。低くうめくような声が出てしまう。主は淡々と私の背中に縄を落としては、するするすると纏めあげていく。


うめき声をあげてしまうのがとても恥ずかしくて、仁王立ちの主のふくらはぎにしがみつきながら、その爪先に口づける。何度も何度も、主の脚先で声を押し殺す。全ての縄を纏め終えた気配を感じる頃には、寒さを忘れて、軽く息が上がっていた。時刻はすでに丑三つ時をまわっている。寝るために少し気持ちを落ち着かせなくては、と主の足の甲に頭を預け全身を脱力させぼんやりと考えていたところ、突然きつい一打が降ってきた。


一度始めたら数時間続く主のSM行為の終わりは、暗黙の了解で感じとることができる。この日、縄を纏め始めたとき、主は間違いなく今夜の責めを終わらせるつもりだったのだと思う。サディストの気持ちを再び揺り起こしたのは、背中を滑る麻縄に反応した私の姿なのだろうか。


見えないところから降ってきた予測をしていない痛みに、「ぎゃっ」と悲鳴をあげてしまう。反射的に主を見上げると、束ねられた麻縄を持つ手が目に入る。間髪入れずにもう一打。気持ちよくさせるような打ち方ではなく、責めの打ち方。身体が臨戦態勢に切り替わる。


腕で身体を支え、四つん這いの姿勢をとる。尻に腿に、巻き付くように無言で縄が打ち下ろされる。「脚を開いて」静かな声で指示が下る。命令ではないその声に、従うことが嬉しい。嬉しい、だけど怖い、怖いけれど嬉しい、そんな葛藤は内腿を打ち据えられる痛みで吹き飛んでしまう。主の足の甲は、私の涙と鼻水でぐじゅぐじゅになっている。打たれて火照る尻を撫でるように這い回っていた麻縄が離れ、来る!と覚悟した瞬間、性器にも強く縄が打ち下ろされた。緩急をつけて連打をされたように思うのだけれど、もうすでに記憶は飛んでいる。


気がついたときには、ボディピアスのボールが吹き飛んでいた。円が欠けて馬蹄型となったピアスがぬらぬらと光を放ち、存在を主張するように揺れ続けていた。

『"言わない"言葉』の裏側

"言わない"言葉で書き切れなかったことの1つに、主側の意図がある。主従である関係の場合、して欲しいことを言わせる主と、言わせたがらない主、どちらの方が多いのだろうか。


私の主の基本的なスタンスは後者。SM的行為に関して「○○が好き」という会話は良いのだけれど、「○○をして欲しい」という言葉は、できれば言って欲しくないのだという。実際に会う前には、嗜好に関する話をそれなりにしていたし、主従関係を結んでからも、お互いの過去の経験も含め、いろいろと正直に話してきた。今でも、「私はこういう行為に惹かれる」「見ていて(読んでいて)ドキドキした」という話は主と良くするので、私が惹かれる嗜好の傾向を当然主は把握している。


ただ「惹かれるもの」と「して欲しいこと(されたいこと)」は、必ずしもイコールではない。惹かれるものは、現実には実現困難なことが多く、嫌悪感があるが惹かれてしまう、という矛盾した気持ちをたくさん抱えている。心底で行為を望んでいるのか、リスクのない妄想の世界だからこそ魅せられているのか、その境界線は私にも分からない。私が主に伝えられるのは、私自身がそれを惹かれるものと認識して言語化できるところまで。それだって、惹かれるものを伝えろ、という命令を受けているわけではないので、全ては伝えていない。


主は、私から話す嗜好については受け止めて下さるが、主自ら私の嗜好を聞きだし、言語化させることはしない。次に逢う際に行うであろう責めの予告なんて聞いたことがないし、そもそも責めに関するあれこれを私に話す、ということがほとんど無い。そのことは、私そのものを表面的にしか捉えて頂けないようで、とても寂しく感じられて、少し前に主と話し合ったことがある。主はそう感じていた私に驚き、主の心情の欠片を少し話して下さった。


主は予定調和を、言葉に縛られることを嫌う。従側が次に何をされるのか、分かっているような責めは面白くないのだという。言葉に縛られるというのは、責めの予告や、私の"して欲しい"を聞かない、ということに繋がる。私と対峙した時、その一瞬の空気で、責めを組み立てることを好む主にとって、予告や"して欲しい"ことを聞いてしまうと、その行為をしなければならない枷を自分に嵌めてしまうようで、好きではないらしい。例え予告をしたとしても、その行為をしたくなくなったのなら、しなければよい、と私は思うのだが、そう単純なことではないのだろう。確かに、主が持参して下さるお道具鞄には、持っている道具が網羅的に納められている。「逢う前に、今回はこういう責めをしよう、といろいろ考えてはいるんやけどな、予定通りに最後までいったことはほとんどないなぁ」と主は笑う。「普段の会話や責めた時の反応から、どういう行為に感度が高いのか、ちゃんとアンテナを立てて日々受信しているんやで」という主の言葉を聞いたとき、表面的にしか捉えられていない、と感じた自分を深く恥じた。


私が"してもらっている"と感じた瞬間、責めを受け入れられなくなることを知っているがゆえに、"して欲しいこと"を言わせたくない、という主の気持ちもあるのだろう。「僕がしたいことを、したいようにする」とキッパリ言い切って下さる主の言葉の裏にある、私に費やして下さっている日々の膨大な時間。その時間の積み重ねがあるからこそ、直接的な言葉で"して欲しいこと"について交わさなくても、互いに満たされる責めの時間を共に過ごせるということ、今はそのことを素直に感謝している。

"言わない"言葉

まだ実際にSMの世界に足を踏み入れる以前、主従関係を結んでいる主に対して"して欲しい行為"を伝えることは、望ましくないことだと思っていた。なので、SM系blogで従の側から「縛って欲しい」「厳しく責めて欲しい」など、「○○して欲しい」と書かれた言葉を見るにつけ、強い違和感を感じていた。今では、秘めた欲望を口に出させることを好むS男性やS女性がいることも知っているし、して欲しいことを正直に伝えることを決め事としている関係もあるのだろうと想像もつく。だけど自分自身がそれを口に出して伝えるのは今でも抵抗があり、主にそう伝えたことは数えるほどしかない。


このことについて、頭の片隅で長い間ずっと考えていたので、愛読しているすヾ屋の涼音さんの日記"言えない"わたしを読んだとき、ものすごく気持ちがシンクロしてしまった。主と私の間で「○○して欲しい」という言葉は、禁止されている訳ではない。だけれど、その言葉を"言えない"のではなく、あえて"言わない"のは、言ってしまったら最後、それを主が100%したかったこと、と私が信じることができなくなってしまうから。主の責めを、主がしたかったこと、と信じることができない限り、どうしても"してもらっている"という罪悪感が湧き上がってくる。その気持ちがほんの少しでも混じると、申し訳なさが先に立ち、主の責めを素直に受けられなくなってしまうのだ。


主との関係を育んでいく中で、私の心の奥底には『"この性癖をもっている私"を求められたい』という願望があることを意識するようになった。私(めあり)のことが好きだから性癖の部分も許容する、というのでは駄目で、私が持つ性癖が、相手の求める性癖であることを前提に「その性癖を持つめありが良い」という相手でなければ、気持ちと身体を委ね晒けだすことに躊躇いが生まれてしまう。幼い頃から縄を求めていたからこそ、SMの世界に脚を踏み入れたものの、本質的に希求していたことは"この性癖をもっている私"を求めてくれる、特定の相手との関係性だったように今は思う。


以前、涼音さんがこちらの記事で書かれているのと同様に、「○○して欲しい」という言葉を違和感なく言えるのなら、私はきっと『主従』という関係に拘ってはいないのだろう。過去の日記を読み返してみたところ、何度かして欲しいことを伝えている記述(こちらこちら)があり、お互いの嗜好を手探りで探り合っていた当時の記憶が懐かしく蘇ってきた。


あれから3年近くが経った今、「して欲しい」ことを言わないことは、私の従として唯一の矜持であり、『主従』であり続けることの理由でもある。日常を共有し、多くの時間を過ごす中で、それでも『主従』であることを求めるのは、その関係性こそがお互いの性癖に合致したものだから。共に過ごす時間のなかで、主の意志によって創り上げられる責めの時間そのものを、今尚求めてやまない。

主の芯

コテージに到着したのは、太陽が夕陽になる頃だった。前夜はギリギリまで仕事をしていたので、主にお会いできて喜しい反面、疲れは隠しようもなく、長距離運転の疲れも相まって欠伸を何度か噛み殺してしまう。荷物を片付け、海に面した大きな窓を向いたソファーに座ると、ちょうど水平線に夕陽が落ちていくところだった。


普段の夕陽はいつの間にか建物の間に隠れてしまう。こうして沈み行く夕陽を眺めるなんて、何年振りだか記憶にすら無い。太陽の縁が海に触れてから姿を隠すまでは、ほんの数分間。主の肩に頭を預け、黙ったまま夕陽を目に焼き付ける。穏やかで贅沢な時間は瞬く間に過ぎていく。


陽が落ちると途端に寒さが忍び寄ってくる。窓の外に薄く闇が広がってきた頃には、隣のレストランでの夕食まで、後1時間ほどの時間があった。「少し寝なさい」と主が言う。噛み殺した筈の欠伸を見られてしまったらしく、めありは疲れているんだから、と諭される。「ほら、ここに横になって」と主が手で示したのは、主の太腿。いつも離れているからこそ、一緒に居られる時間は一秒一分でも貴重な時間。眠くないから大丈夫です、と強がっていたものの、主の膝の誘惑には抗いがたく、そっと頭を預けて横たわりソファーで丸まる。


ぽんぽんぽん…主が頭を撫でて下さるとき、それは髪を梳くというよりも、幼子を寝かしつける動作のよう。その撫で方を感じるとき、あぁ主はきっと照れているんだろうなぁ、といつも思う。慣れていないその仕草に、指先から照れが伝わってくる。心地よくリズミカルに頭や肩を撫でられているうち、いつの間にか記憶が途切れていった。


一瞬の後、ふと気づいたときにはもう、夕食の時間はあと15分後に迫っていた。最後の記憶と同じように、肩先で主の指がリズミカルに跳ねている。テレビも付けず、本も広げず、私を膝に載せてソファーに座ったままの45分間、主は何を考えていたのだろう。私はこういう瞬間に、『ご主人様』いう存在の大きさを、強く強く感じる。朝まで絶対に外さない腕枕や、トイレには必ず一緒に行くという数少ない約束事のために夜中に起こしても、イヤな顔ひとつしないところ。いつだって主は、主であるということを、言葉ではなく、日々の行動の中に溶け込ませている。自然体の主の芯を垣間見るとき、狂おしい程に胸が締めつけられる。


寝てしまいました…もったいないです…とベソをかく私に、「気持ちよさそうに寝ていたで」と主が笑う。食事のために身支度を調え、主の手に指を絡めてレストランへ向かう。近くに民家のない漆黒の空には、オリオンの三つ星がいつもより輝きを増して瞬いている。長い夜は、まだ始まったばかり。

浮遊

梁のある部屋、という条件で選んだ古民家風のコテージは、海を見下ろす小高い丘の上にあった。主と久しぶりの再会を果たした新幹線の駅から、観光気分であちこち寄り道をしながら車で走ること数時間。素敵なオーナー夫妻が経営しているそこは、数軒建つコテージの他は木々に囲まれているとても静かな場所にあった。


吊りをしよう、という話は付き合いが始まった当初から出ていたことだった。当時は場所に恵まれず、いつか・・・という話だけだったが、とあるSMホテルを毎回のように使うようになった一年ほど前から、『いつか』は手を伸ばせばすぐに触れられる程、近くにあった。でも、いつでもできる、という安心感は切実感を鈍らせる。本気で吊りをしようということになったのは、皮肉にもいつも使っていたSMホテルが突然閉鎖されてからだった。お互いに告げた年始の目標の1つでもあった吊り。次にお会いするときは梁のある部屋で、ということになり、必死に探してみつけたのが、このコテージだった。


片足吊りはともかく、本格的な吊りを施されるのは、私にとって初めてのこと。そして、それは主にとっても同じだった。縄を手にしてからの経験が長い主が吊りをしたことがないのはとても意外だったが、主にはある拘りがあったようだ。そして、その拘りを経て私を吊ろう、と言って下さったこと、それを聞いただけで胸がいっぱいになり、この日が本当に待ち遠しかった。


正座をした私に、主が南京錠で首輪を嵌め、長い長い夜が始まった。天井を通る太い梁から下げられた縄が視界の隅で揺れている。胸、腰、脚、腕・・・いつもより時間をかけて、いつもに増してきっちりと順に縄が掛かっていく。縄の心地良さに身を委ねきらず、頭の片隅が興奮で覚醒している。無言で縛り続ける主の息づかいだけが伝わってくる。


「いくで」
そう一言、主が呟いた瞬間、ふわっと身体が浮かんだ。


・・・浮遊。


脚が地を離れた瞬間、身体が浮かび上がった。吊されて、下へ落ちる力が縄に掛かっているはずなのに、身体は軽く、痛みは無く、気持ちはどこまでも飛んでいくようだった。そして、私は明らかに性的な興奮を覚えていた。


3度目に吊り上げた時、しばらく保つと判断したのだろう、主がゆっくり水平に身体を廻し始めた。揺りかごで揺られていた記憶は無いけれど、それを彷彿とさせるような心地よさ。身体が、気持ちが、あっという間に浮遊する。それに全てを任せようとした瞬間、主が乳首を強く捻りあげた。痛みと快楽で身体が覚醒し、強制的に自らの肉体を意識させられる。自分の呻き声が縄に伝わり、縄全体が震えている。


浮遊と覚醒を何度繰り返しただろう。そっと脚が降ろされ、身体が私の元へ戻ってきてしまった。あんなに軽くてどこまでもとんでいけたはずなのに、地に戻った私は腕一本挙げるのも重い身体になってしまった。縄を解かれた瞬間、涙が止まらなくなり、声を上げて泣いた。悲しいのか嬉しいのか、それすら良く分からず、ただ涙が流れるまま主の腕に包まれていた。

通奏低音

共に歩む年月を重ねることによって失うものと得るものがあった。例えば、胸を強く締めつけられるほどに息苦しい慕う心。逢えない日々を想って流す涙。それらのものを歩く道の途中に一つひとつ置いていくのと引き替えに育まれたものは、私の中に隅々と行き渡る芯となるもの。猜疑心を捨て、少しずつ気持ちを預け、預けられていくうちに、いつの間にか私の中に常に主がいると感じられるようになっていった。


ある時、ひょんなことから「24時間の主従関係」の話になった。冷静なリアリストである主は「そんなことは無理やなぁ」という。仕事の時は仕事に集中するし、そのときはめありのことを思い出さない時間もあるから、というのが主の意見。でも、私はそれに反論した。私にとっての主従は、通奏低音のようなイメージ。仕事の時は当然集中しているし、主のことを思い出さない時間はもちろん存在する。でも、意識の下には主の存在が常にあって、その芯は、いつも私の背筋を真っ直ぐに伸ばしてくれる。


もう随分と前に話したことなので、その話の結論がどうなったのかは記憶に残っていない。主がそうやなぁと納得して下さったか、それともそのまま別の話題になってしまったのか。


二人の持つ主従のイメージが違っていても良いんだ、と思えるようになったのは、ここ最近のこと。違うからこそ、互いに考えを深めていける。失ってしまった切ない心への郷愁は、甘美な毒を持つ。でも、身体の中の芯が太く育つにつれ、私の中の通奏低音はよりクリアに響き、毒に身を委ねる誘惑を断ち切らせてくれる。大切なのは主が従を従者と認め、従者が主をご主人様と認められるかどうかだよ、という主の言葉は長い時間を経て、私の中に沁み渡っていく。

自慰報告

主とお付き合いを始めてまだ日が浅い頃、自慰をしたときは報告をするように言われた。その意図は、私の性に関する動向を把握しておく、ということだったように思う。好き勝手に触るなと禁止されることや、自慰をしろと強制されることはなくても、行為を報告することは主の支配下にあることを強く実感できるように思えたので、報告するように言われたときは嬉しかったし、そのことは喜びになるとばかり思っていた。


でも、それが思い違いと分かるまでに、そう時間はかからなかった。私が自慰をする頻度は平均して月に数回程度はあった筈なのに、主に報告するノルマを得てからは明らかに回数が減った。しばらくすると、全くしなくなり、主に会うとき以外には自分の身体に触れることすら無くなっていった。そうなっていった理由は単純で、結局のところ気持ちの持ち方の問題だった。


私は自慰に対して嫌悪感は持っていないし、生理現象の一つであると認識している。自慰に対して良い悪いの評価はしていないし、そういう衝動が起きることは男女共に自然なことだとも思っている。でも、主に報告するということは、主からのアクションや切っ掛け無しに一人で欲情したということで、それをものすごく寂しく感じてしまったのだ。そう感じるのは矛盾したことだと理性で分かっていながら、寂しいという感情の方が常に勝ってしまっていた。


電話で私の報告を聞いた主は「(気持ち良くなれて)よかったね」といつも伝えて下さる。でも、単なる報告への応答のみで、そこから性的な話に発展するわけではない。日常的に主から命令をされることの無い私のM女としての部分が放っておかれているように感じて、報告をしながら主に突っかかってしまうことが何度もあった。そんなことが重なると、欲情しても自慰をするまでに至らなくなっていく。いくら主が自慰をすることを肯定的に捉えてくれていても、寂しさは変わらない。何度となくそのことを伝えても、「それはあかんなぁ」と言いつつも打つ手が無いと思われたのか、結局なにも変わらないまま寂しい気持ちだけが燻り続けていた。


少し前のこと。この自慰にまつわることがどうしても辛くなり、同時に自分が性的なことからどんどん離れていってしまうのが悲しくて、主に泣きながら伝えたことがあった。事後報告すると思うだけで一人で欲情した寂しさが増幅され、それが心理的な負担となって自慰をすることすら躊躇するようになってしまったこと。今後も報告を継続させるならそう思ってしまわないように気持ちを掬い上げて欲しいということ。それが難しいならば事後報告を外して欲しいということ…。これまでにも何度も話してきたことだったけれど、もうこのまま中途半端な状態でいることが、たまらなくなっていた。その一方で報告を外されたら、別の意味で寂しさが増して、やっぱり辛くなるのだろうなぁということも容易に想像がついた。


全てが八方塞がりなように思えたとき、突然主が「よし、僕が毎日めありに尋ねることにする」と言った。毎日電話で話をしているので、その時に自慰をしたかどうかを尋ねて、ちゃんと手帳にメモをしておく、という。その言葉通り、以来、主は本当に尋ねて下さるようになった。とすると不思議なもので、『しました』と伝えたときの主の嬉しそうな声や、『していません』と答えたときのちょっと残念というニュアンスを、いつの間にか素直に受け取れるようになっていった。


今思うと、それは自慰に留まる問題ではなくて、離れている間どう主従関係を育んでいくか、ということが本質的な問題だったように思う。西と東に何百キロも離れて住んでいる今、毎日電話でコミュニケーションが取れたとしても、主を主として感じられない日々が続くと従者としての自分が日常に埋没してしまうようで息苦しさを感じてしまう。自分で自分を追いつめていた私を、思いもかけない解決方法でふっと楽にして下さった主。主の懐の広さは本当に計り知れない。